「アンタの瞳、キレイ」
「いい匂いする」
「スッゲ、可愛い」

あなたがそう言うから、わたしは。

 magic sound


「もっしもーし。聞いてる?」

その声にハッとして、わたしは我に返った。右手に握りしめてる携帯から、旬平くんの声が聞こえている。
「ご、ごめん、ちょっとぼーっとしちゃった」
慌てて返答すると、旬平くんは少し拗ねたように笑った。
「なぁんだよ、電話してる最中にぼーっと、ってさ。なーに考えてたワケ?」
「えっと……旬平くんのこと?」
「……えっ!?な、な、それ、どういう……って……分ぁかった!今オレは誤魔化されたんだな?」
「えっ?」
「もー、とにかく明日10時に駅前ね?遅れんなよ?大丈夫かな〜、アンタ、ぼーんやりしてっから」
「そ、そんなことないよ!大丈夫だよ」
「どーだか?今さっきぼんやりしてたクセに?」
「だ、だからそれは……」
「だー!もうそうやってすーぐからかうんだから。じゃあね、おやすみ!」

電話が切れて、途端に、辺りは静寂を取り戻した。

(旬平くんのことを考えてたのは、本当なのに)
まだ早い心臓を収めるように、わたしは胸のあたりを押さえた。

わたしは、旬平くんのことが好きだ。
出会ったときこそあまりいい印象はなかったけれど、偶然にも何度も会ううちに、彼がいい人だってことはすぐ分かった。
その見た目に反して、困ってる子どもを放っておけなかったり、困ってるわたしを放っておけなかったり……。
ん?わたしって、子どもと同レベル?
――まあ、とにかく。困ってる人を放っておけない、優しい人。

その彼と偶然出会って4回目。いつものように軽いノリでデートに誘ってきた彼に、わたしはついオッケーしてしまった。
遊覧船が揺れて、思いがけず彼に寄りかかってしまったとき。
彼は、ずっとナンパな人、だったのに、その反応は、あまりにも純粋に、慌てていたように見えた。

今思えば、わたしはあのときにもう、好きになっていたような気さえする。


その彼が一学年下として入学してきたときには、本当にびっくりしたけれど。
彼を色々知っていくうちに、わたしは、どんどん彼を好きになった。
初めはそう、そういう優しいところが。だけど好きになってしまったら、なんだかもう全てがカッコよく見えてしまった。
セットしてあるけれど、意外とサラサラな髪。
キリッとしていて、でもどこかやさしい色の瞳。薄い唇、キレイな肌。
気を遣っているのか、いつもパリッとしていて、ほのかにいい匂いのする制服姿。
思ったよりもたくましい腕とか、男の子の手、すごく意外だった頭のいいところ、実はすごく気遣い屋さん。
ちょっと、いやかなり派手だと思っていた、私服姿までも。
そして、何より――

「あの、声がな〜……」
わたしは静かな自分の部屋の中、誰に言うでもなく声をあげた。
元気で可愛い後輩って感じの明るい声を出したかと思えば、途端に甘く低く響く、旬平くんの声。
それは、おちゃらけたり真面目だったり、可愛かったりかっこよかったりする、まさに彼そのもの。
「……電話だと、余計に意識しちゃうんだよねぇ」
枕に顔をうずめて、ため息混じりに独りごちる。
電話の内容に集中できないほど、彼の声はわたしに魅力的だった。

しかもだよ。
あの魅力的な声で、わたしを褒めるのがいけないんだよね。
気配り屋さんで、褒め上手で、もし本当はそう思っていなかったとしても、それでもいいって思えるほど
旬平くんはわたしを嬉しがらせる術を持っている。
可愛いとか、キレイとか、時には魅力的とか、それはもう、ありとあらゆる言葉、態度で。
思い返すだけでそわそわしてしまうくらい、もったいない言葉。
だからわたしはその言葉に見合うよう、流行をチェックして、身だしなみを整えて……。

もしもわたしが本当に”可愛い”のなら、それはきっと彼のせい――もとい、おかげだと言うくらいに。







あくる日。少し早めに駅に着いて、辺りを見回す。
(まだ、来てないみたい。かな?)
息を整える。時間に余裕を持たせてきたから走ったわけでもないのに。
(これから旬平くんとデート)
(何度もしてきたはずなのに、まだドキドキする……)

「……おねーちゃん、お茶飲みに行かない?」


――――…ッ!!


私の後ろ、肩のあたりから、耳元、低い声で囁かれる。
耳から急激に電流が走ったみたいに、息が止まるかと思うほど、体中が熱くなったのが分かった。


「に……いなくん、な、何して……!!」



「……あっれえ?てっきり”わたし待ち合わせしてますから!”とかなんとか言われると思ったのに」
振り向くと、ニコニコ笑っている旬平くん。
自分の手が震えているのが分かる。心臓が早くてうるさいくらいドキドキしてる。
せっかく少し落ち着いたのに、なんてことしてくれるんだろう!
「……声で、分かるよ!」
ああ、もう!声も震える。
「あれ?オレのこと、声だけで分かっちゃうくらいなんだ?感激!」
「だ、大体、耳元で囁くナンパさんはいませんっ!」
「ってかさぁ、アンタ、”新名くん”に戻ってたよ?」
「ううっ……、だって、本当にびっくりしたんだから……」
ドキドキしすぎて涙がゆるむ。思わずうつむくと、旬平くんがヒョイっと顔を近づけてきた。
「な…」
「アンタ、顔赤い。それに潤んでるし……そんな、びっくりした?ゴメン。」
びっくりもしたけど、涙と顔はたぶんそれだけじゃない。っていうか今それ逆効果だよ!
旬平くんはまるで捨てられた子犬みたいな目をして、わたしの顔をのぞき込んでくる。
さっきみたいな大人っぽい声をしたかと思ったら、こうして可愛い顔をしてくる。クラクラしてきた。
「昨日アンタがからかうからさ、ちょぉーっとイタズラ心が……マジゴメン」
なんだか、本当に反省してるみたい?しょんぼりとした旬平くんが可愛くて。
変な話だけれど、それで少しだけ落ち着いた。
「……いいよ。ビックリは、したけど。それに、昨日のはからかったんじゃないってば。本当に旬平くんのこと考えてたの!」
「う、だから、さぁ……それ、反則」
「っていうか、顔、近いから!」
「えっ……あ、ああ、ゴメン」
顔が離れて、なんとなく、気まずい沈黙が流れた。ドキドキしすぎて、心臓に悪い気がする。


「……何?」
「えっ?」
少し間を置いて、旬平くんが口を開いた。そちらを向くと、旬平くんが心なしか赤い顔をして、わたしの目を見つめている。
「オレの、さ。何を考えてたの?」

――何。って。

”旬平くんの声がすごく素敵で、思わず聞き惚れちゃってたんです”

……どう考えても、言えるわけないし。
「え、ぇっと……」

ど、どうしよう。何?って聞かれると思ってなかった。うまい言い訳が浮かばなくて、つい俯く。

「……なんで、黙るの?」
「もしかして、あんま、良くないこと?」
旬平くんの顔が曇る。
「そ、そういうわけじゃ……」
じゃあなんで、言いかけて。あーいいやゴメン、と旬平くんが呟いた。
”ま、言いたくないこともあるよな。つっこみすぎた”そう言って笑う。

――違う。
笑ってない。
わたしは、知ってる。
旬平くんが笑うときは、もっと目尻が下がって、いつも大人びた表情をしているくせに、笑顔のときだけ子どもみたいになるんだ。
今は違った。そういう顔をさせたのは、わたしだ。


「違うの!」
「あ、いや、いいって。無理矢理聞きてえってわけでもねえし」
「やだ!聞いて?」
突然堰を切ったように話し出す私に、旬平くんは”やだ、って……”と言いながらこちらを見た。
「あの、あのね、……〜〜、こ、声のこと、考えてたの!」
「……こ、声?オレの?」
なにそれ?って顔をして、旬平くんがこっちを見ている。
わたしの好きな、キレイな瞳が、わたしを捕えていた。
恥ずかしい。けど、言うしかない。わたしはぎゅっと目をつぶり、一気に言うことにした。

「そ、その、わたし、旬平くんのね、声が、その、す、好き……で」
「だから、その、昨日のは声を聞いてたら、話を聞いてなくて、それで、ええと」
声が上擦っているのが自分でも分かる。なんてこと言ってるんだろう私。
「……そ、そういうこと、だから……からかってたんじゃない、よ」

――……?

言い切っても、旬平くんの反応がない。
もしかしてだいぶ、引かれた?おそるおそる目を開ける。
そこには、さっきのわたしと同じくらい、ううん、もしかしたらそれ以上に顔を真っ赤にして、目を見開いている旬平くんがいた。


「じゅ、旬平くん……?」
驚いて声をかけると、旬平くんは体をビクリと揺らして、それから矢継ぎ早に話し出した。
「え!?あ、うん、ええと?ああ、そう、なんだ。そっか、うん、分か、った」
「や、なんつーかアレだね、他の人にも言われたことがないわけじゃないっつーか、うん、アレなんだけど」
「でもなんか、アンタに言われると、ちょ、っと……」

――ちょっと?


「いや、かなり……す、げえ、嬉しい」

とても嬉しそうに、熱のこもった声で、旬平くんが呟いた。
わたしはその声を聞いて、また顔の熱が少し上がったような気がするけれど、でも、旬平くんの瞳を見たら言って良かったと分かった。
その顔は、子どもみたいな笑顔だったから。




「っていうか、アンタって、スゲエ」
「え?」
「いや、それオレだったらマジ恥ずかしいんですけど」
「わ、わたしだって恥ずかしかったよ!!でも、旬平くんが」
「わーかってる。オレのためだよな」

「あんがと、先輩。ホント、アンタってマジ可愛い」

そう子どもの笑顔で、甘い低音を囁くから、わたしはまた、体中に熱を帯びる羽目になる。
その魔法の言葉で、わたしはまた可愛くなれる気がするのだ。





END









―――――――

私は……いったいどれだけこの子たちをイチャラブさせれば気が済むのか……。
やまなしおちなしいみなしとはこのことなんじゃないのか……。

なんか声フェチバンビみたいな話になっちゃいましたけども、
ちょっと美化しすぎじゃねーの?ってくらいニーナがかっこよく見えてて、
そのために色々努力してる!っていうバンビさんを書きたかったのです。
(あとがきで説明しなきゃいけないSSってどうしようもないですよねすみません)
恋は盲目っていうか、好きな人の周りにはキラキラがあるっていうか(by嵐さん)
制服は三割増しっていうか(?)、まあそういうことです!

あと単純に私市さん最高!という。低音ボイスたまりませんよね。





2011.06.07



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