場所
 

考えれば考えるほど、何故オレはせめてあと8ヶ月早く産まれてこれなかったのだろう、と思う。

一個の年齢差、ちょいちょい思い知らされてきつい思いをしないとは、言わない。
けど、そんなことは、オレはそこまで気にはしてない。高校を卒業したら、どうせたいしたことないもんになるって分かってる。
イヤ、気にしてないってのは、ウソ。かも。いやウソってわけでもねえかも。とか。
――閑話休題。
特にオレが思うのは、たとえば。
授業中、黒板、というよりはもはや前方そのものをぼんやり眺めて
「同じクラスだったなら、今オレは確実にあの人を見ている」とか思ったり
たとえば休み時間。前の席の子が話しかけてきても、これがあの人だったなら、とかしか思えなかったり
たとえば今のような下校時刻、いるかいないかも分からないあの人を、気づけば無意識に探していて
同じクラス、せめて同学年だったなら、終了時刻も同じようなものなのに、とか思ったり
そしたらきっと、ホームルームが終わった直後、いつものように軽いノリで
いやむしろ休み時間から”今日帰り一緒に帰ろっか”なんて……。
少なくとも今のオレみたいに、必死じゃないですよって顔して、必死にならなくても済むのに、と。


(――…今日はまだいない、かな)
人のごった返す昇降口前、1年の下駄箱に向かいながら、2年の下駄箱を端から端まで眺める。
2年ももう終わったようだが、まだ人はまばらだ。今終わったばかりと推測できる。
待っていようか?それはウザイか?偶然を装って?いやそれバレたらダセエって、
今更ダセエとか気にしてる場合か?いやいや好きな女の前で格好つけなくなったら終わりだって!
コンマ何秒、って間に、色んな思考が交錯していく。
あくまでもこれからフツウに帰りますよって顔して、でも少しもたついた動作で下駄箱を開けて――

(あ、)

視界の隅、それでも見えたオレは色んな意味でマジヤバイ。
階段を下りてきたあの人が見えた。まだ帰ってなかった。ラッキー待っててよかったオレ!!

よし。
そりゃバレたらカッコわりいけど、ようはバレなきゃいいんだろ?
今まさに気づきましたって顔して、”あれ、センパイ今帰り?””うん、ニーナも?”これだ。
ニヤけるなよ?つーかすでにニヤけてね?しっかりしろ!がんばれオレ!

意を決して振り向いてあの人を正面から見据えた瞬間。
まるでタイミングを計っていたかのように、あの人が笑って後ろを振り向く。
サラサラの金髪が、あの人の後ろから現れた。

――途端に、あっけなく、オレの足は止まる。


(……なんだ)
琉夏さんと一緒だったんだ。
だったら、下駄箱で待ってたオレは、どっちみちもう遅かったってことだな。
階段を降り切った二人は、キラキラの金髪に照らされて、あの人もキラキラと笑っている。


(8ヶ月、)
(生まれるのが早かったら)

……早かったら、どうだったって言うんだ……?

心臓が高鳴りはじめる。
――マズイ。これは、ダメだ。ダメな気がする。この答えは、出してはいけない。
脳の半分が止めるべきだと警報を鳴らしていた。
それなのにもう半分が、もうオレの意思なんてお構いなしにすごい早さでグルングルン回転して
突き詰めてはいけない、答えを出してはいけない、何かオレは、見て見ぬフリをしていたような


もし、同級生になれていたら、

琉夏さんより先に、約束を取り付けられた?
琉夏さんや琥一さん、みんなと、対等に張り合えた?
オレとあの人は、今よりもっと仲良くなれてた?


……それでもオレは、幼馴染っていいよなって、言ってるだけなんじゃないのか?


「にーいな!」
辿り着いてしまった答えに、それ以上に何も考えられなくなったその瞬間、肩を叩かれた。
自分でも驚くほどに驚いた。振り向くと、同じクラスの前の席の子。
「どしたのボーっとして?」
どうしたんだろうな?わかんねえやオレにも。
「いや?どうもしねえよ?どした?」
オレってマジすげえ。これって昔取った杵柄ってやつ?案外頭からっぽでも笑えるもんなんだな。
「どうもしないよー。結構前に教室出てった気したけど、まだいたから声かけただけぇ」
「ああ、職員室寄ったからじゃね?」
そうなんだー、と、さして興味もなさそうな声が返ってくる。いや、ウソだけど。
なんか、ヤバイ。どうしよう。なんも考えらんねえ。
「あ、暇ならこないだのノートのお礼に、なんか奢ろっか?」
あんま高いのは無理だけどぉ、彼女はそう言ってケラケラ笑う。

本当は、あの人と琉夏さんが、もう帰ってしまったのか、もう一度振り返りたかった。
けど、体が異様に重くて、

もし、学年が一緒でも、オレは結局かなわないのか?
オレの場所は、ずっと、このまま――

……あー、じゃあ、奢ってもらおっかな。
ほとんど回ってない頭を使うのを放棄して、そう口を動かそうとしたとき、ふいに左腕が引っ張られるのを感じた。







ニーナが同級生だったらと、考えたことがないと言えばウソになる。

「あっ!」
声が聞こえて振り向くと、そこにはニコニコ笑う琉夏くんの姿があった。
「琉夏くん」
「美奈子ちゃん、はっけーん!」
たたた、っと軽い足音を立てて、琉夏くんがわたしに近寄ってきた。サラサラの金髪が足取りに合わせてふわふわ揺れる。
「どうしたの?ニコニコしてる」
「うん、今日コウの給料日なんだ、うまいもん食うよ!」
楽しそうにしている琉夏くんを見てると、なんだかわたしまでニコニコしてしまう。
けれど、わたしには気になることがあって、琉夏くんの肩ごしにそちらへ目をやる。
(ニーナ、いないなあ。もう、帰っちゃったのかなぁ)
「美奈子ちゃん、今日一人なの?それなら一緒に帰る?一緒に魚食ってもいいよ?」
目に見えてウキウキしている琉夏くんが気になるけれど、もしニーナがいるなら――
「あっ」
「ん?」
思わず立ち止まってしまって、琉夏くんのキラキラした目がこっちを向いた。
「あ、えっと……ごめんね?用事思い出したから、今日はやめとくね?」
「うん?そっか、残念。じゃ俺美奈子ちゃんの分まで食っちゃうね?」
琉夏くんはあんまり残念じゃなさそうに目をキラキラさせて、その場で足踏みをしだした。
「ふふっ、うん、いっぱい食べてね?」
「ラジャー!んじゃ、また明日ね!」
そしてそのまま駆け足で、すぐにわたしの前から走っていってしまった。
――今度、お弁当を作ってあげようかな?


(それにしても)
ニーナがまだ帰ってなくてよかった、と無意識に安堵の息が漏れた。彼が帰る前に間に合ってよかった。
後ろ姿だけど、遠くでもわたしは彼だと分かる。
背丈や雰囲気もそうだけれど、何より、後ろから見ても見える彼の『トサカ』。
ニーナに言ったら怒られそうだから言わないけれど、わたしは、彼のぴょこんと立たせた前髪を
心の中でそう呼んでいる。
彼が動くと、トサカもぴょこぴょこ揺れて、わたしはそれが実はとても好きなんだ。
それが今も頭の上から少しだけゆらゆら揺れていて、わたしは嬉しくなって彼の後ろ姿に駆け寄る。

そしたら、見えてしまった。
彼に隠れて見えなかった、知らない女の子。
その子に笑いかける、わたしの知らないニーナ。



(あれ?)
思わず、かける声を見失った。あんな顔のニーナ、わたしは知らない。
いつものわたしが知っているニーナは、もっと無邪気に屈託なく笑ったり
センパイ、って悪戯っぽく笑う顔は、可愛いけれど、少し色っぽくもあって――
(なんでだろう)
(全然、知らない人みたい)


ニーナが同級生だったらと、考えたことがないと言えばウソになる。

授業を受ける彼、体育ではしゃぐ彼、友達と遊ぶ彼、それらを毎日同じ教室で見られたら、
わたしの学校生活は今よりもっと楽しかったのかもしれない。
彼は頭がいいから、わたしに勉強を教えてくれることもあったかもしれない。
実際、以前彼はクラスメイトにノートを見せている、というようなことを話していたような気がする。

そのとき確かにわたしは、『クラスメイト』に嫉妬したのだ。
わたしが、その場所にいれたら、と。




「……み、なこ、ちゃん?」

驚いたような声が、上から聞こえる。
耳が、彼の左の袖をつかんでいる手が、熱くなっているのが自分でも分かる。
目の前にはニーナの背中。彼のトサカは見えない。

わたし、なに、してるんだろう?
ニーナにだって、同級生はいる。当たり前だよ、知ってたはず。
なのに、目の前にいたニーナは、いつもわたしの前にいる 後輩ニーナくん じゃなかったんだ。
確かにそこにいたのは、同級生に、対等の者に向ける目をした、等身大のニーナだったんだ。
そうしたら、気づいたときには、もう

何も言わずうつむいたままのわたしを見かねてか、ニーナは同級生の女の子に「今日は、いいや。あんがと」と言った。
その子はわたしをちらりと見ると、ふうん?わかった、明日詳しく聞かせてね?と笑った。

「…………ごめん」
「え?何が?」
「今の子と、約束、してた?」

……”センパイ”が聞いてあきれるよね。
自分のことしか考えられなかったわたし。すごく恥ずかしくなって、つかんでいた手を離した。
先約だったなら、わたし。
そこまで言いかけて、ニーナが、袖を離したばかりの手をつかんだ。






アンタ、なんでオレの近くにいるの?琉夏さんは?
つかなんで袖つかんでんの?耳赤いよ?なんで?

色んな疑問が浮かんで、オレの口から出たのはアンタの名前だけだった。
それでもアンタはこっちを向かない。つーか袖つかむってなんだよ、反則。
ねえ、琉夏さんは?オレ、さっきから自分に都合のいい答えばっか浮かんでる。
ウソだろ?あんなに沈んでた気持ちがなかったみたいに、心臓が浮かれてんのがわかる。

クラスメイトに断ると、彼女はニヤニヤしながら去っていった。
……こりゃあ、明日質問攻めだな?でも、もういいんだ、どうでも。

ふと、左下から、ごめんと小さな声が聞こえた。
眉をハの字にさせて、失敗した、と顔に書いてある。

「手、離すなよ」

今オレ、超ポジティブシンキングなんだ。
悪いけど逃がす気ねえよ?

「あの子はただのクラスメイト。帰るところを声かけられただけ。約束はしてない」
「それに、こういうこと言うと、怒られるかもしんないけど」
「もし約束してたとしても、アンタのためならオレ、約束破っちゃうかもしんねえし?」

……それは、ダメだよ。

下を向いた真っ赤なアンタが、いつもみたいな口調をして言う。
知ってるよ。もうそういうイイ加減なのはやめたんだ。
クスクスと小さく美奈子ちゃんが笑いながら、少しづつこちらを向いた。
”センパイ”のくせに、その上目遣いは最高に可愛くて、目が合ったら笑うから、また可愛くて。
何がバレたら、カッコワルかったんだっけ?うん、いいや、どうでも!

「あのさ、実は待ってたんだ。一緒にかえりましょ?センパイ!」

わざとらしく”コウハイ”っぽい笑顔をしながら、相変わらず可愛いトサカを揺らして、ニーナが言った。

「もちろんです、コウハイくん」

わたしはわざと偉そうに胸を張り、それから、ふわふわ揺れるトサカを背伸びして指ではじく。




どう頑張ったって同い年にはなれないけれど、この関係は他の誰でもないお互いのもの。
それは”クラスメイト”よりも特別な気がして、だったらせめてこの場所は、誰にも譲らない。





END









―――――――

り、りりかるー…。(恥ずかしさのあまりこういうテンションです)
誰になんと思われようと、私はこういう両片思いが大好きなんです!
ラスト2行は二人ともそう思ってる的なアレに取って頂けると嬉しい。

途中出てきた琉夏くんは好感度普通です。一回もデートしてないレベルです!
(※琉夏が嫌いとかではなく、むしろ好きだから、琉夏が好感度好き状態でこの話とかツライから!)
嵐さん関連は別にちゃんと書きたいのであえて琉夏さんです。好感度普通レベルでも、仲良しそうに見えると思うので。



2011.06.03



→目次へ戻る
→TOPへ戻る